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蒲菖亭(あべの古書店主人)
蒲菖亭(あべの古書店主人)

2023年10月23日

『食人鬼(じきにんき)』

小泉八雲原作

山道で狼と鉢合わせして、それから追い剥ぎに出くわしちまったって話は前にしたよな。
実はこれにはまだ続きがあるんだ。
聞きたいってんなら話してやらんでもねえ、聞きたくねえなら勝手に喋る。
三日かかるはずの用件が一日で済んだんで暇が出来ちまった。だったら帰りは別の道を行こうと思い立ってな、巡礼気分で出たはいいが、暇な時の思いつきってのは碌なモンじゃねえな、案の定、山の中で道に迷った。道を見失った訳じゃあねえんだが、一向に人里にたどり着けねえ。日暮れにようやく一軒の庵室を見つけた。
庵室ってのはな、独り身の坊さんが使う小屋だ。
しょぼくれた爺さんがいたよ、もちろん坊主だ。
頼もう、とかなんとか言ったかもしれねえな、宿を借りるのは断られたが、もうしばらく先へ行けば村があると教えてくれた。
どうにかこうにか陽のあかりが残っているうちに村にたどり着き、村長の屋敷に泊めてもらうことが出来た。
よほど疲れていたのか、俺は飯を喰う気力もなく、すぐに床についた。
真夜中の少し前、隣の広間がなにやら騒がしいんで目が覚めた。女衆の泣き声も聞こえてくる。
こいつはただ事じゃねえなと様子をうかがっていたら、襖の向こうから村長の息子が声をかけてきた。
ああ、起きているよ、かまわねえ、入ってくれ。どうしたんだい、随分騒々しいが。
ええ? 村長が亡くなった? つい先ほど? そうか、そいつはお気の毒だ、お弔いの支度をしているのかい。そうじゃねえ? はあ? いまから村人全員で隣の村に行く? こんな夜分にかい?
おかしな決まり事もあったもんだ。その村では、どこかの家で死人が出たら、日が変わるまで夜の間は誰ひとりとして村の中にとどまってはならない。そんなしきたりは聞いたことがねえ。村長の息子は手短に話してくれた。
私たちは亡骸をそのままにして立ち去るが、遺体がこのように残された家の中では決まって不思議なことが起こる。だからあなたも一緒にここを離れた方がよいが、あなたは村の者ではないから、たぶん妖怪や悪霊の祟りはないだろう。もし一人だけで残るのが恐ろしくなければ、この家は好きに使ってくれてかまわない。
俺は屋敷に残ることにした。昼間散々山の中を歩き続けたんで、これからまた隣り村まで行くのは願い下げだったが、実の所は死人のいる家で起きる不思議なことってのが気になったんだ。
村の衆が立ち去ると、俺は仏さんの部屋に入った。燭台が何本も立ててあって、部屋の中は明るかった。きれいな死に顔だったよ、病を患っていた様子はねえし、苦しんで三途の川を渡ったようにもみえねえ。こんな風に終われるんだったら俺のところもいつでも来てくれと、妙な考えを起こした途端、突然金縛りにあっちまった。手も足も体も首も、まったく動かせねえ。それと同時に、音もなくなにか大きな黒い影が部屋の中に入ってきた。締め切った襖を通り抜けるようにそいつは現れたんだ。影から二本の腕のようなものが伸びてきた、その上に頭の形が出てきた、ちょうど口にあたるあたりにぽっかり丸い穴が開いている。影は両手を使うように死体を持ち上げると、いきなり喰いはじめた。頭から始まり全身を、髪の毛も骨も、仏さんが身にまとっていた経帷子まで喰らい尽くすと、現れた時と同じようにふいに消えてしまった。俺は金縛りにあったまま、意識を失った。
翌朝、村人たちが帰って来た。村長の遺体がなくなっていることに驚く者は誰も居なかった。村長の息子は、《死者の亡骸が消えてしまうのはいつものことです、あなたはその原因をご覧になったのでは》と聞く。
それで俺は昨夜見た一部始終を村の皆に話してやったんだが、これもまた驚く者はいなかった。村長の息子はこう言った、《いまのお話し、この怪異について古い時代から伝えられて来た事と一致します》。
どういう因縁があるのかは知らねえが、まあ、俺もこの通り無事だったし、お前さんたちがそれでかまわないならどうこう言うつもりもねえが、死人は成仏出来ているのかなあ、あの丘の上の庵室に一人で住んでいる坊さん、あいつは死者の弔いをしてはくれないのか?
村人たちにはじめて驚きの動揺が拡がった。
《丘の上に僧侶は居りません、庵室もございません。何世代もの間、この辺りには如何なる住職も居りません》
俺は昨日下ってきた道を引き返して確かめに行った。丘の上の庵室はすぐに見つかった。
年老いた坊さんもいた。
坊主は俺の顔を見るやいなや、土下座をして「何とも恥ずかしい」と叫びだした。
昨夜、村の屋敷で死体をむさぼり食ったのは私である、私は食人鬼だ、このようなあさましい有様になった過ちを聞いてほしい、と言う。
坊さんの名は貞山。
遥か遠い昔、貞山はこのあたりでただ一人の僧侶だった。多くの死者を弔い、多くの法要を行い、多くの報酬を受け取っていた。徳の高い仕事で儲けるのは当然と割り切り、食べる物と着る物のことばかりを考えていた。この身勝手な不信心の因果が報い、貞山は死ぬとすぐ食人鬼に生まれ変わってしまった。それからというもの、この近辺で死ぬ人たちの死体を食っていかなければならなくなった。
《どうか私のために施餓鬼供養を執り行なって欲しい、そうすれば、すぐにこのおぞましき有様から開放される》
そう言い終えたとたん、貞山の姿は消え去り、住まいの庵室も同じように瞬時に消えちまった。気がつくと俺は高い草の繁る中にひとり立っていた。傍らには古い苔むした五輪石と呼ばれる墓石があった。俺にはそれが、貞山和尚の墓のように見えた。

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Posted by 蒲菖亭(あべの古書店主人) at 19:54│Comments(0)演劇
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