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蒲菖亭(あべの古書店主人)
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2023年10月26日

水のように流れる(2)

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 僕が観た「驪團」の静岡公演は四回。テント劇場公演の多聞に漏れず、設営場所を転々とした。旗揚げ公演は静岡市立高校前の天昌寺駐車場。次が競輪が開催される折りに駐車場となる小鹿の私有地。最後が町の中心部にある駿府公園。この三ヶ所の公演地は僕が手配したのでよく憶えているのだが、三回目の公演地については正しく語ることができる記憶がほとんどない。たしか静岡大学に近い池田の廃寺跡地だったように思うが、この時は僕は自分たちの劇団の公演に忙殺されていたので「驪團」のサポートに全く関わらず、静岡の世話人は当時「らせん劇場」に在籍していたイワキだけだった。

 八十年代前期、反新劇の系譜にある劇団が静岡で興行を打つ際は、僕が主宰する劇団(後の水銀座)と、都築はじめが代表の「らせん劇場」が制作を引き受けた。現在も静岡で活動している「らせん劇場」が全国的に知られているのかマイナーネームなのか、僕は知らない。「らせん劇場」の創立は七十年代中期で、状況劇場や黒テントを静岡に招聘していた静大の学生たちによって結成された。「らせん劇場」が静岡公演を受けた演劇集団を思い出せる限り列記すると、「黒テント」「演劇群・走狗」「演劇団」「赤色劇場」「未知座小劇場」「幻実劇場」「犯罪友の会」「日本維新派化身塾(現・維新派)」「白髪小僧」そして「驪團」と、一時代の裏演劇史を丸ごと抱えたラインナップである。

 「らせん劇場」には、「早稲田小劇場→走狗」の役者だった日向倫や、「犯罪友の会」の小川トトが在籍していた。三十年前の「らせん劇場」は、今のあり様が信じがたいダークで危うい集団であった。座員は次々に不幸に陥った。精神が壊れたり、男女の痴情の果てに人間関係が壊れたり、拠点の劇場兼稽古場が廃墟化してゆき近隣住民に排斥されたり、絵に描いたようなアングラ(笑)劇団だった。悪態をついたりゲラゲラ笑ったり泣き叫んだり殴り合ったりしていたが、皆、芝居者なんてものはそんなものだと思っていた。ただ一人、常識人の都築はじめだけが困惑していたのだった。

 静岡大学に勤務する真っ当な社会人だったイワキが「らせん劇場」に参加したのは、無頼者たちが去って、劇団が限界集落と化した頃だ。もともとイワキは自主映画を製作する「監督」だったのだが、演劇に関わり始めるとたちまち芝居の奈落に転落してしまう。演劇によってボロボロにされた者たちの怨念を全て背負い、うらやましい程のサイテー人間になってゆく。人が変わることの責任が自分以外にもあるのならば、イワキをクズにした責任の一端は桃山邑たち「驪團」にあり、そして僕にもある。河原者を標榜した桃山たちとつきあい、人間のクズとして演劇する僕とつきあい、イワキは「全てを失う」ことを全く怖れなくなってしまったのだった。

 「らせん劇場」からイワキという「悪場所」が消えると、都築はじめは「シズオカ大道芸ワールドカップ」の中心人物に成り上がり、「歴史」を知らぬフツーの人々が入れ替わり立ち替わり座員名簿に名を連ねるようになった。「驪團」が疾駆した八十年代前半が終わり、「水族館劇場」の時代の始まりと同期していた。そうしていつの間にか「らせん劇場」は静岡を代表する劇団となった。

 イワキは「水族館劇場」の舞台に立っているらしいが、僕は観ていない。僕が最後に聞いたイワキの噂は、「維新派」が東京汐留で大がかりな野外劇を行った時の逸話。どういう経緯なのか、イワキは「維新派」の照明スタッフとして公演に加わっていた。野外劇場でライト機材のセッティングをしてるところに、写真家の篠山紀信がやって来た。篠山は「東京」をテーマにした連作写真をとっていて、首都のビル群を背景に屹立する「維新派」のセットは魅力的な被写体だった。地面に置いてあったサスペンションライトを篠山はわずかに横に移動させた。設営中の照明機材がカメラのフレーム内に入ってくるので、少しよけたのである。その途端、凄まじい罵声が飛んだ。
「バカヤロー、何やってんだお前、勝手に動かすな、バカヤロー!」
イワキが篠山紀信を馬鹿と怒鳴りつけ、現場にいたイワキを除く全員が凍りついた。

 僕たち芝居者・演劇人はサイテーだ。人間のクズだ。怖いものは何もない。
 
※豆知識として附記しておく。文中に名が出た「日向倫」の細君は、岡部耕大が主宰していた「劇団空間演技」の女優、生方萌。「水族館劇場」の小林虹児と旧知、のはず。

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Posted by 蒲菖亭(あべの古書店主人) at 16:33│Comments(0)依頼原稿演劇
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