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蒲菖亭(あべの古書店主人)
蒲菖亭(あべの古書店主人)

2023年10月21日

二丁町からクルンテープへ (4)

■夕食はジャスコのフードコートですませることにした。ホテルから五分か十分か十五分か三十分くらい歩いた。ホテルに腕時計を置き忘れたのだった。
■昼間バンコクの町を歩き回るのは危険だと事情通に教えられた。たちまち熱射病にやられるそうだ。タイ人は五〇メートルの距離を歩くのを厭う。通りの辻から辻までの移動にバイクタクシーを使う。熱中症のことをかんがみれば、彼らはただ怠惰なだけではないのかもしれない。事情通は夜間バンコクの町をうろつくのは危険だとも言った。観光客、特に日本人のような危機管理意識の低い連中は、たちまち強盗にやられるのだそうだ。だったらいつが安全なんだ。
■ラチャダピセークのジャスコはオープンしたばかりだった。日本式の商品陳列が物珍しいのか、店内は大勢の客で賑わっていたが、フードコートのテーブルはすいていた。まだ夕食には早い時間なのだろう。俺は時計をまだ現地時間に合わせていなかったことを思い出した。タイと日本の時差は二時間。いまここが五時ならば日本では七時だ。まだ日の明るいうちに空腹感をおぼえたのは、俺の体が日本時間のままということか。
■券売所で食券を買って、カレーとソムタムとコーラに換えた。横から騒々しい日本語が聞こえてきた。関西の言葉と関西のイントネーションだ。若い女が四人。どうやら大学のゼミ仲間らしい。
■しばらくすると中年のメガネ男が現れ、女子大生たちの隣のテーブルに坐った。同じグループのメンバーのようだが、それにしては年齢が離れている。たぶんこの男が一行の引率で、准教授とか教授とか先生とか、無学を見下すような肩書きがくっついているのだろう。
■おまけに先生のこめかみにくっついているのは鮮やかな口紅だった。くっきりと、見事に上下の唇の形が刻印されている。先生は気にしていない、あるいは気づかない。学生たちも気にしない。彼女たちは口紅に気づいていたが、それを言わなかった。先生が登場したとき、彼女たちの会話のリズムが一瞬乱れたことを、俺は見逃してはいない。
■オッサン、こんな真っ昼間にどこでマーキングされたのか。この界隈にはマッサージパーラーやソープランドがいくらでもある。学生たちがショッピングに夢中になっている間、先生は風俗店のひな壇に座る娘たちを品定めして、B24番をお願いします、とでもやっていたのだろう。
■フロアーとをガラスで仕切られたひな壇は「金魚鉢」と呼ばれている。指名を受けて金魚鉢から出てきたB24番は、先生の手を引いてエレベーター前のカウンターに。先生は笑顔の店員に二〇〇〇バーツを支払ってエレベーターに乗る。それから四階の個室で二時間をB24番とすごした。部屋にはバスタブとシャワー、大きなベッドとタイのバラエティーショーが映っているテレビがある。だが《密室で何が行われたのかは当事者たちにしか判らない》。
■客は退出前に娘にチップを渡す。そういう条文があるわけではない。暗黙のお約束として通用している。いくら渡すかは客の器量次第である。料金表はない。
先生の場合――、先生はB24番にチップを渡さなかった。もしくは法外に安いチップですませてしまった。タイとラオスとの国境の村から来たB24番は、先生の非道に抗議しなかった。店の入り口まで微笑みをうかべて先生を見送り、別れ際の一瞬、呪印をはりつけたのだった。
注意、この男、キーニャオ。
(まったく俺はたいした男だぜ、一度のプレイで女は俺に惚れちまいやがった、別れを惜しんでぎゅっとハグだぜ、へへへ)
先生はニヤニヤしながら、B24番に会う前の時間まで記憶を遡る。
えーと、では今日の午後の予定は、それぞれ自由行動。ショッピングするもよし、市内観光するもよし。四時半にジャスコのフードコートに集合、以上。
あかん遅刻や、と先生は慌ててジャスコにかけつけた。洗面所の鏡の前に立つ時間はなかったのである。

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Posted by 蒲菖亭(あべの古書店主人) at 00:46│Comments(0)古書者蒙昧録
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