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蒲菖亭(あべの古書店主人)
蒲菖亭(あべの古書店主人)

2018年10月30日

『寛永御前試合』

 三代将軍徳川家光の治世、名だたる剣豪武芸者二十二人が江戸城に招聘され、十一組の上覧試合が行われた。「寛永御前試合」と呼ばれるこの試合は、荒木又右衛門、大久保彦左衛門、伊達政宗、由井正雪、宮本伊織(宮本武蔵の養子)等々、講談や時代小説でお馴染みの人物が次々に登場するオールスターゲームだった。

 寛永御前試合は一次資料として信頼に足るような記録文書が存在しないため、それが実際に起きた「事件」であるのか否か疑問な点が多い。とはいえ、織田信長は女だったとか天海僧正は明智光秀だったとか徳川家康は二人いたとか、在野の自称史家たちが力説する諸々の怪「真実」に比べれば、十分に史実だと考えてもよいのではないかと私は思う。

 だが、南條範夫の『駿河御前試合』は、そんな寛永御前試合説話を冒頭から粉砕する。

《徳川実紀によれば、試合当日と云われる寛永十一年九月二十一日には、三代将軍家光は日光参詣中で、江戸に在城しない。将軍不在中に、吹上上覧所に於てこのような試合の行われるべき筈はないのである。》

 徳川実紀は幕府の公文書であるから、そこに家光のアリバイが記されていては、この歴史を覆すことは難しそうだ。続けて南條は、《多くのこのような場合におけると同じように、この試合についても粉本たるべき事実は存在した》と書いている。すなわち、寛永御前試合はフィクションであるけれども、その元ネタになった「事実」があると言うのだ。《駿河大納言徳川忠長の面前で行われた駿府城内の大試合こそこれである》と。

 よくある「騙り」の手口だ。疑義のある史話を鮮やかに否定し、その後、「こういう誤った史談が広まってしまったことにはそれなりの理由があるんですよ」と誘導されると、私のようなうっかり者は、これを「実話」としてすんなり受け入れてしまうのである。

 本来ならば巷間に語り継がれているのは駿府城での十一番勝負のはずだったが、《この駿府御前試合は、そのままの形で世に流伝されることを禁止された。理由の一は、云う迄もなく、忠長が反逆の意図を疑われて領土を没収され、自殺の名の下に事実上切腹を仰付けられるに至ったからであり、他の一つは、この試合自体、空前絶後の残忍凄惨な真剣勝負であった為である》。

 真剣を用いた血闘の結果、《二十二名の対戦者の中、十四名が敗北により、又は相討ちによって即死し、他の二名が試合直後に殺され、生き残ったものは僅かに六名》、しかもその生存者も徳川忠長の悪癖が原因で落命する。一人残らず、「剣士凡て斃る」のである。

 あまりにも異常な展開と無惨な結末に、私は―まんまと騙された、これは「小説」で、もとより南條範夫の全くの作り事であったのだ―と理解しつつ、それでもなお拭うことのできぬ「真実らしさ」がちくちくと突き刺さった。作者が次のような罠を仕掛けたからだ。

《静岡市在住の手島竹一郎氏家伝の写本「駿河大納言秘記」は、寛永六年九月二十四日、駿河城内に於て、城主大納言忠長の面前に於て行なわれた真剣御前試合に関する、信憑すべき唯一の資料である。》

 これは事実だろうか。膨大な情報検索を可能にしたインターネットで、「手島竹一郎」の実在を確認するのはたやすい。しかしそれはあくまでウェブ上での「情報」である。検索にヒットしないからといって、手島竹一郎がフィクションだとは断言はできない。そして私は中途半端に郷土史をかじったがため、手島竹一郎とは実は「出島竹斎」ではないかと仮定してしまうのである。徳川家康を祀る久能山東照宮の祠官をつとめた出島竹斎ならば、「駿河大納言秘記」写本を家蔵していたとしても全く不自然はないと。

 歴史小説が史実をもとにして書かれているのか、作者の頭の中で作り上げられた架空物なのか、それはどのように見極めればよいのだろうか。歴史に精通する専門家ならば、捏造に騙されはしないだろう。歴史に興味がなければ、小説をフィクションとして楽しむだろう。私のような半可通が、多少の知識を小説と勝手に符合させて、「元ネタがある!」と騒ぐのだと自戒する。

 ちなみに本校を書きつつ、『駿河御前試合』第五話中のキリシタン剣士飯尾十兵衛は、ハンセン病救済運動に尽力した飯野十造牧師をもじったのだと推測している。虚構と事実の混交が止まらない。

※『駿河御前試合』は、平成二十七年現在、『駿河城御前試合』のタイトルで刊行されている。

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Posted by 蒲菖亭(あべの古書店主人) at 23:59 │古書
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