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蒲菖亭(あべの古書店主人)
蒲菖亭(あべの古書店主人)

2023年10月18日

清水達也先生(2)

■レンタルDVD店で借りてきた『ヴィヨンの妻』をみていたら、大酒のみの作家を演じる浅野忠信が清水達也先生とそっくりな表情を時々するので、ついつい笑ってしまった。
■言うまでもなく『ヴィヨンの妻』は太宰治の同名小説が原作である。清水先生は太宰治の愛読者だった。太宰の誕生日は6月19日。入水自殺して発見されたのも6月19日である。清水先生の誕生日と日が近かったので、先生は桜桃忌―太宰治の追悼祭―が自分の誕生記念パーティーだとよく冗談を言われていた。
■それを本気にする者が少なくなかった。先生のお供をして6月19日にちゃっきり横丁の「千代乃」という小さな飲み屋に立ち寄ったら、笊に山盛りのサクランボが用意されていて、しかも二、三人の芸者の(元)オネエサンまで待ちかまえていて「お誕生日おめでとうございます」と声を揃えて言うものだから驚いた。やれやれびっくりしたな、二軒目に行こうじゃないか、と昭和通りの洒落たバーに入ると、ここでも大きなガラスボウルにどっさり入ったサクランボが出てきた。まいったまいった、じゃ次に行ってお開きにしよう、と両替町の袋小路にあったカウンターバーのドアをあけると、「先生、お誕生日おめでとう」といいながら、小柄なママがアンティックなガラス皿にサクランボをのせて清水先生を出迎えた。先生と私で大笑いして、着物の似合うママは不思議そうな顔をした。
■1996年に「静岡市こどもミュージカル」が清水達也先生の作品を原作としたオリジナルミュージカルを制作したことをきっかけに、先生は静岡市こどもミュージカル実行委員会の副会長を務めることになった。1999年の次公演は、市民文芸賞を受賞した萩原陽子さんの掌編を原作に、新たな台本を創作することになった。短い物語を二時間のミュージカルに仕立てるには大幅な改稿と加筆が必要で、清水先生を中心とした台本製作委員会が組織された。演出の杉山稔明さん、劇団夢舞の大橋淳一さん、原作者の萩原さん、そして私がメンバーに召集された。
■子供だましではない、むしろ大人たちに向けたこころざしの高い物語を作ろうと清水達也先生が宣言し、私たちは連日―先生の行きつけの飲み屋に集まることが多かったから「連夜」と言うべきか―、台本のテーマについて討議した。
■核心となるテーマは「絶対的な悪」、あるいは「共有される悪夢」だった。
■子供たちは日々、様々な悪と直面している。その最たるものは何だろうか。いじめや、虐待や、殺人や、戦争や、政治腐敗や、貧困等々は誰にでも判りやすい悪ではあったが、いずれも一片の弁明が可能な―仕方がなかった―「倫理的な悪」だと私たちは考え、人情によって批判が揺らいでしまうような悪を排していった。
■では子供たちにとって、絶対的な「悪」とは何なのか。そもそも現代において「絶対的な悪」が存在しうるのだろうか。
■いま私は当時の先生の表情を思い出しているのだが、先生は「子供の本」を選書したり、子供の読書運動を推進したり、遊本館の蔵書を整理するにこやかな先生ではなかった。太宰治がそうであったように、敢然と「悪」に対峙し、自らが「悪」の中に深く深く分け入る文学者の顔をしていた。
■驚くべきことに、先生が結論した「絶対的な悪」は「自然破壊」だった。それこそが「必要悪」ではないか―一片の弁明が、いや堂々たる弁明釈明可能な―という私たちの意見を先生は認めなかった。
■人が創りだしたモノならば、人が破壊することは許される。しかし人間外の存在が、例えば造物主が創りだした、あるいは人間が誕生する遥か以前から存在していた自然、地球環境は、「人間の所有物ではない」。人間が破壊してはならない。
■私たちの自然環境は休みなく作り替えられている。山が削られ、林が消え、土にアスファルトが敷かれ、川がコンクリートで固定される。それが文明社会である。ならば、子供も大人も、あらゆる人間は、いやおうなく生活の中で無意識に「絶対的な悪」を実行してしまっているのだ、そこから逃れることは出来ない。
■先生が設定したハードルは高かった。創られてゆく物語は原作者の意図を大きく裏切る要素もはらみ、萩原さんの無垢を傷つけてしまうような事もしばしばあったが、清水先生は決して妥協しなかった。
■『ユメノイズミ』の共同台本はこうして出来上がったのだった。

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Posted by 蒲菖亭(あべの古書店主人) at 11:21│Comments(0)依頼原稿
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